プロトタイピングの可能性 〜ロフトワーク林千晶インタビュー

Nov 29, 13 • No Comments

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クリエイターのユニークなアイデアとPASS THE BATONの“NEW RECYCLE”という取り組みを掛け合わせた新しい挑戦、「1万人のクリエイターミーツPASS THE BATON」プロジェクト。
その鍵となるのが、試作品を短期間で製作する“ラピッド・プロトタイピング”という手法です。
プロトタイピングのもつ可能性、プロトタイピング・ワークショップを通じて分かった発見、デザインとビジネスの関連性など、ロフトワーク代表・林 千晶が語りました。
今回はプロジェクトパートナーである株式会社スマイルズ・PASS THE BATON事業部の森住理海さんにも同席いただき、プロジェクトの真意に迫ります。



“プロトタイピング”のもつチカラ

ロフトワークスタッフ(以下略):近年、ラピッド・プロトタイピングを採用する企業が増えてきていますが、ロフトワークとしてこの手法を積極的に取り入れていることには、どのような背景があるのでしょうか。

林 千晶(以下、林):予測できない時代だから、かな。“予測しない”、“実践する”、“いま想像できないことをしたい”というのが、2013年のロフトワークの行動指針だったんです。それはつまり、いまの社会は「いい計画ができたらいいものができる」というスタイルにはまりすぎているのだけど、実際は「いい計画ができていなくても、数多く実践したらいいものができる」ことがいっぱいある気がするんですよ。
価値が完成しているものをよりよくするためには、きちんと計画を立てて改善プロセスを行えばいい。だけど、これから新しい価値をつくっていくようなときは、子どもが育っていく過程に近い学びが必要だと思うんです。子どもが何度も転びながら自転車に乗れるようになることと同じで、実践しながらやることが大切。新しい価値をつくるというイノベイティブなチャレンジは成功法が確立していない。だとするならば、いい計画を組むことに重きを置くのではなく、計画は少しでいいからたくさんたくさん実践をし、そこから学んでいった方が自分が進みたい所へ確実に行けるのではないかって。
ラピッド・プロトタイピングは変化が速く、いろいろな正解への道筋がある。複雑な時代の中で新しい価値を見出すときに有効だといわれている手法で、もちろん私たちだけでなく、世界中の様々な組織やプロジェクトで実践されています。



なるほど。確かに多くの大企業は「いいものをつくるために、いい計画を立てる」という考えが根底にある気がします。

林:高度経済成長後の日本の経済を支えていく中で、大企業にはいいもの・売れるもの=高品質なもの、という方程式ができあがってしまっている感覚があるんです。不良品がでない、長くもつ、それが品質のよさ、というようにね。ものの価値の伝わり方や形成のされ方が変わってきている現代では、速くつくりながら修正を加え、よりよくしていく、というカタチでないといいものは生まれないように感じるんだけど、一方で多くの大企業は世の中に出す前から99.999%の品質になっていないといけない、みたいなね。このギャップには違和感を覚えています。
優れたアイデアも発表されないまま様々なものがお蔵入りしてしまっていて、その間に海外メーカーがどんどん進出してきているんですよ。そんないまだからこそ、改めてプロトタイピングをやってみる。つくる、それをユーザーに渡す、ユーザーからフィードバックを得る、このプロセスはすごく重要だと思います。



「1万人のクリエイターミーツPASS THE BATON」プロジェクトの公募作品にも、プロトタイプを製作されている方がいらっしゃいますね。

林:実は作品が選ばれた方って、ほぼ全員プロトタイピングをされているんですよ。プロトタイプがあると「こうすると本当にできるんだ」ということが分かりますし、そこからどうブラッシュアップしていけばいいのかというイメージも審査メンバー(スマイルズ遠山正道、キギ植原亮輔・渡邉良重、ロフトワーク林 千晶)の中にもできるので、グラフィックだけで提案されるよりも捉えている視点の面白さや可能性についての議論をしていきやすいんです。

「PASS THE BATON」にはキギさんが手掛けられた商品がたくさんあります。公募で選ばれた作品も、クリエイターのトップである彼らがキュレーションしたものと互角に戦えるものでなければならない。同じ軸ではないけれど、違う軸で十分に魅力的に映るものでなければならないんです。その思いは審査会での遠山さんの姿勢からもすごく感じられるんですよ。本気でキギさんのものよりいいかどうかで審査されていて、商品を並べても同じような輝きを放てるかということを、いつも真剣に考えられている。

△PASS THE BATON事業部にて事業部長を務める森住さん。

PASS THE BATON事業部にて事業部長を務める森住さん。

森住理海さん(以下、森住):公募から選ばれたあと、商品化に向けたディスカッションを経て、クリエイターのスキルやデザインの伝え方などが洗練されていくのも感じています。パソコンのモニター上だけでなく、手を動かしカタチをつくる。プロトタイプを製作した、ということも評価対象になりました。

林:あと、公募プロジェクト第1回「赤坂柿山」のおかきの審査会のときに印象的だったエピソードがあるんです。「こういうアイデアはどうかな?」って遠山さんがいったら、植原さんがすぐに近くにあった紙を切り始めて、良重さんがそこに絵を描いて、それをボックスの上に置いて叩いてみて、そしてそれをひとつのグラフィックとしての完成度を確認するためにiPhoneで撮影をしたんですよ。その一連の流れはまさに“ラピッド・プロトタイピング”。

遠山さんのアイデアを受け、渡邉さんがその場で少女の絵を描いて、実際に躍らせてみました。

遠山さんのアイデアを受け、渡邉さんがその場で少女の絵を描いて、実際に躍らせてみました。

これは最近の新しい手法のようにいわれていますが、おそらく数百年の歴史があるんじゃないかな、と思うんですよね。口だけではなく、手を動かし、頭を働かせ、行動に移す、ということはセットなんだなって。


台湾×ロフトワーク×PASS THE BATONのワークショップから見えたもの

2013年6月に、台湾の方とのプロトタイピングワークショップが行われましたが、開催に至った経緯を教えてください。

林:もともとは台湾デザインセンターの方が若手の育成プログラムの一環として、インテリアの国際見本市を見るために日本を訪れたのですが、その際にワークショップ開催の打診を受けたんです。せっかくワークショップをするのだから、何かに繋がる方が面白いなと思ったんですよね。ですから「『1万人のクリエイターミーツPASS THE BATON』のアイテムを扱わせてくれませんか。もしいいアイデアがあったら公募作品のひとつとして判断してもらえませんか」とスマイルズさんにご相談をして、実現に結びつきました。



このワークショップでは、台湾人クリエイターと日本人クリエイターの混合チームでプロトタイピングに取り組み、ご自身もファシリテーターとして参加されていました。初めて出会った彼らが恊働していく様子を見て、どのようなことを感じられましたか。

林:集まった参加者は、デザインのプロ、もしくはプロになりたいという強い意志をもった方たちでした。だから台湾人の参加者と日本人の参加者の間で、政治をする必要がないんですよね。両者とも英語が得意ではないけれど、「僕はいいものをつくりたい」という気持ちが様々なところですごくぶつかっていたんです。これってすごくいいことだなって思ったんですよ。ぶつからないと新しい発見は生まれなくて、譲歩しあっていたチームは折衷案になってしまった気がするんです。
言葉の壁は関係なくて、何がいいと思うかとか、どんな価値のものをつくりたいかとか、その辺りをしっかり議論しないまま進めてしまうと、フィニッシュするフェーズで蛇行しはじめてしまう。その結果、台湾と日本のテイストを併せもった寄せ集めのようなところが、どうしても作品に表れてしまっていたチームもありました。
国をまたいでのダイバーシティと言っても、会った瞬間に気が合うような関係は本当の意味でのダイバーシティではなくて、気が合わなかったりぶつかったりしないとその重要性には結びつかない。“多様性”とはまさに「言うは易し、行うは難し」の代表的な言葉であると、改めて感じましたね。つまり、自分の主張を押すだけではなく、その主張がなぜあるのかをきちんと伝えること。例えばただ「赤がいい」のではなくて、なぜ赤がいいのか、なぜ赤を大切にしたいのか、バックグラウンドを伝えるとよりよい答えが見つけられるんです。

特にらくだ生地の余り布でネックウォーマーをつくった「キャメル」というチームは、それがとても上手だったんです。このチームは最初から「譲らないぞ」という雰囲気がビシビシと出ていた。お互い本当にいいものをつくりたいという気持ちは共通しているので、私がファシリテーター兼通訳として間に入りながら、それぞれの思いと理由を伝えていき、方向性が見えた瞬間「じゃあ私は物語を書く」、「私はミシンで縫う」、「僕はラベルをデザインする」といった分業がはじまっていったんです。4人だからこそできた、驚きのアウトプットになったと思うんですよね。ちなみにこのネックウォーマーは商品化の話も進んでいるんですよ。

ワークショップでキャメルチームが制作した、らくだ生地の余り布を使ったストール

ワークショップでキャメルチームが制作した、らくだ生地の余り布を使ったストール

このワークショップを終えて、何人もの人が「自分が日本人であるということを実感した」と話していたんです。端的にいうと、日本のデザイナーたちは引き算をしたがった。しかしそれとは逆に、台湾のデザイナーは足していきたがる。デコレーションをしたいと。だから、引きたい、足したいという両者の綱引きもあったんですよ。石庭を見て美しいと捉える文化があるように、引き算の美意識は日本人のDNAとして脈々と受け継がれてきているんだなって、そういうのもすごく面白かったですね。


失われたものに光を照らすデザイン

「1万人のクリエイターミーツPASS THE BATON」プロジェクトでは端材やリサイクルするものをテーマとしていますが、この点についてもどこか日本的な要素を感じます。

林:少し語弊があるかもしれませんが、日本のように成熟した国でデザインをすることの多くは“リデザイン”をすることなんじゃないかなと考えているんです。先日、中国の若い女性建築家が進めている都市計画のプレゼンを聴いたのですが、彼女の提案はゼロから新しい都市をつくるという構想だったんですね。一方で、私がグッドデザイン賞の審査をして思ったのは、いまの日本の私たちが興味をもつのは、新しいものをつくるのではなくて、失われたものや使われなくなったものに、もう一度光を当てることなのではないかって。茅葺き屋根の家の価値を再発見するとか、衰退しつつある地方や村の在り方をデザインし直すとかね。クオリティ・オブ・ライフを高めるために取り戻したいものは、全てリデザインのような気がするんです。

PASS THE BATONのニューリサイクルという取り組み、そして今回のプロジェクトは、まさに既存のものを違った視点で捉え直し生まれ変わらせること。何にでも通用しますし、最も大切なまなざしのレッスンにもなるんです。とてもワクワクしますし、この視点がいろいろなものに活かされると思っています。


価値のあるものに支払われる対価の必然性

今回のプロジェクトでは、企業とデザイナーの繋がりも生まれていますね。

森住:企業とともに取り組む、ということはとても重要な事ですよね。台湾とのワークショップの講評会にも、企画にご協力いただいたファミリアの代表の方やニールズヤードレメディースのマーケティング担当の方も来てくださったんですよ。
草の根運動もちろんなのですが、やはり企業がいることはとても大切。今回そのマッチングができたことも、よかったなと感じていますね。スマイルズはその両方ができる企業でありたいと考えています。

林:あの場所に代表やマーケティングの方を連れてきてくださることが、スマイルズの文化なのでしょうね。つくり手のエゴだけでなく、それを売るという視点をもった方がいてコメントをいただく。そのやりとりは非常によかった。



ビジネスとして成立させるには、“売れるもの”という視点が重要になってくると。

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林:「取り組みが素敵だよね」というだけだったら、本来の意味としてのプロジェクトの価値はないと思うんです。追求したいのは、どれだけ売れるカタチにできたのか、ということ。そこにコミットするからこそ、クリエイターが社会に対して価値を生み出せる。かっこいいものをデザインするのがデザイナーではないんです。デザイナーの領域は増々広がってきていて、ビジネスモデルも、組織も、いまはどんなものでもデザインしなければならない。デザインをするプロセスにおいてのひとつのアウトプットが、カタチを伴ったプロダクトになるだけなんですよ。売れるものをつくりたいということから始まっている。「いいですね」という人に対して「1万円です」と伝えた時、買ってくれるかどうかが本当にいいと思っているのか分かる瞬間かな。

森住:結局はお金にならないと継続することができないんですよね。

林:価値のあるヴィジョンだったら、お金にも換わる。それをいかに意味のあることにするか、どうやって大きくするか、というのがビジネスです。「いいことだからお金にならなくていいですよね」ではなくて、それらは一体なんですよ。いいことをしたら「ありがとう」といってもらえるのと同じようにね。価値があるものだから、対価が支払われる。それに見合う価値をつくるという自負があるんです。



最後にメッセージをお願いします。

林:憧れのPASS THE BATONと、ロフトワークのみんなと、参加してくれたクリエイターのみなさんと一緒にコラボレーションのカタチを実現することができて、とても嬉しかったです。PASS THE BATONが求めるクリエイティブのレベルに対し、ロフトワークと1万人の総体としてどれだけチャレンジすることができるのだろうと、初めて見るまで興奮と不安が混在していました。
でも改めて振り返ってみると、驚くほどいいカタチでそれぞれの案が選ばれていて、いまは具体的にプロダクトを詰めていくフェーズに入っています。これが次の面白いステージに繋がっていけるように、頑張っていきたいと思います。
あと、ちゃんと買いにきてほしいですね。家族親族の方々と連れ立って(笑)。私ももちろん買いに行きます!

<プロフィール>
林 千晶
1971年生まれ、アラブ首長国育ち。早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒業。1994年に花王に入社。マーケティング部門に所属し、日用品・化粧品の商品開発、広告プロモーション、販売計画まで幅広く担当する。1997年に退社し、米国ボストン大学大学院に留学。大学院卒業後、共同通信NY支局に勤務。経済担当として米国IT企業や起業家とのネットワークを構築する。2000年に帰国後、ロフトワークを起業し共同創業者、代表取締役を務める。
ロフトワークでは、20,000人が登録するクリエイターネットワークを核に、Webサービス開発、コンテンツ企画、映像、広告プロモーションなど信頼性の高いクリエイティブサービスを提供。学びのコミュニティ「OpenCU」、デジタルものづくりカフェ「FabCafe」などの事業も展開している。またクリエイターとのマスコラボレーションの基盤として、いち早くプロジェクトマネジメント(PMBOK)の知識体系を日本のクリエイティブ業界に導入。2008年『Webプロジェクトマネジメント標準』を執筆。米国PMI認定PMP。現在は、米国NPOクリエイティブ・コモンズ 文化担当、MITメディアラボ 所長補佐も務める。

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